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絶対王者    05/28/2007
歴史は塗り替えられていく・・・
強き挑戦者達によって、高みを目指すものたちによって。

今日の東京優駿をみて、それを感じざるを得なかった。

牝馬が夢の舞台で勝てるのか?そんな重圧が調教師・騎手に圧し掛かったに違いない。

過去の何度も先輩達が挑戦し、敗れ続けた夢の舞台。
牡馬達に紛れて牝馬か勝てるわけが無い。競馬の世界でもそのような男女差別があるようだ・・・

出走しても無理だ。特に長距離のレースなどもっての他だ。

だから牝馬の中のレースで活躍していこう。決して間違ったことではない。生まれ持った性によって体つきも違うのだから。

だが、彼女は挑戦した。

今年の牝馬は強い。それは昨年の2歳チャンピオンを決めるレースが終わった位にはファンの中で囁かれ始めた。歴代の中でもトップレベルのレースをしたことにより、彼女達の名はファンの心の奥に刻まれた。

そして、同時にダービーのライバルとなる彼も昨年の暮れに名を上げた。

彼は父親譲りの激しい気性を持ち、レース中もフラフラとよれる所も見受けられたが持ち前のスピードを武器に父と同じ舞台に上がり絶対王者になるための階段を登り続けた。

彼女もまた牝馬クラシックを目標に階段を登り続けた。父と同じく絶対的なスピードと大きな体をもっていた。

彼・彼女の共通点は父が共にダービー馬ということ。

両者とも着実に世代最強の階段を登り続ける。

そして、両者はそれぞれの舞台に辿り着いた。

しかし、ここで両馬とも多くの人気を受けつつも負けてしまう。奇しくも、彼・彼女の父も多くの人気を受けつつも敗退していた。。。血がそうさせるのか。。。

そして、彼らは夢の舞台で走ることになる。

彼は、当たり前のローテーション。すべてのホースマンの最高の舞台なのだから。

周りを驚かせたのは彼女だ。優駿牝馬ではなく東京優駿に向かうことを決めたのだ。

これは前代未聞のことで、優駿牝馬の有力馬が東京優駿に向かうなど聞いたことが無い。

オーナー・調教師共に自信を持って送り込んだ。どんなに周りに否定されようとも、無謀だといわれても。そして、騎手も自信を持って乗った。世代最強だと信じて。

かつて彼女の上に乗る騎手は、彼女の父の上にいた事があった。

しかし、「ダービーにはダービーに相応しいジョッキーを鞍上に」という理由で名ジョッキーが選ばれた。

勝つために。

そして今、かつて父の上に乗っていた事があった騎手は彼女の上にいる。

勝つために。

馬・調教師・騎手それぞれが同じ目標を目指し、それぞれが血の滲むような努力をし、夢の舞台に辿り着いた。

彼らは挑戦者。いや、この舞台には挑戦者しかいないだろう。競馬に絶対はないのだから。

レースは今は亡きオーナーの悲願を叶える為にハナにたった馬が引っ張る形となった。近年のレースに比べて少し遅めで進む。牡馬クラシック第一弾で優勝した彼は後方で待機したため全体的に遅めな展開。そんなゆったりしたペースには我慢できないと、父親譲りの激しい気性の彼がゆっくり上がってゆく。彼女は後方で待機したまま。中段に有力馬がかたまり直線で一気に鞭がはいる。東京の長い直線。オーナーの悲願を叶えんとするハナにたった馬は直線の手前で一息入れたため直線でも後続との差がなかなか縮まらない。彼のエンジンがかかるほんの数秒前、彼女が馬群を裂いて飛び出してきた。父譲りのスピードが全開になるとその大鉈により後続の13頭をまとめてかわし、逃げた彼に3馬身をつけ夢の舞台での勝利を手にした。

スタンドには大きなどよめきが溢れた。戦後いまだかつて成し遂げたことの無いことを仕出かしたのだ。歴史が創られた、塗り替えられた瞬間だった。

彼女がウイニングランでスタンド前に帰ってくると大きな拍手が贈られた。そして、騎手は新スタンドを見上げ何かを思い出したように帽子を脱ぎ一礼した。私は、それをファンにしたものか馬主や関係者にしたものか皇太子にしたものか一瞬分からなくなってしまった。

ともあれ、彼女は世代最強といってもいいだろう。2:24.5というタイムがそれを証明している。

彼女は父と同じ絶対王者になった。

彼女だけの力ではない。彼女を成長させ仕上げた調教師、調教師を信じ夢の舞台への挑戦に踏み切ったオーナー、彼女の上に常に存在し信じ続け抜群のタイミングでgoサインを出した騎手、それぞれが全力をだした結果が夢の舞台での勝利に繋がったのだ。どれが欠けてもこの勝利は無かった。

仲間を信じ続けること。それが挑戦者達の心の支えなのかもしれない。


これは競馬だけでなく、どんなことにもいえるのではないだろうか。孤独のランナーなど存在しない。いつも声援を送ってくれる人がいる。道の脇に。家の中に。スタンドに。いつも隣に。そんな人達がいるから走り続けることができる。諦めはしない。


騎手が一礼をしたとき、彼女もひょこっと頭を下げた。
満員の観客に、
「応援してくれてありがとう」
と伝えるように。

そう感じてしまうのは私だけではないはず。


だから、私は彼女のことを応援し続けることに決めた。彼女が将来母になった後も。

そして、彼女は挑戦者であることをやめない。次は世界の舞台へという話が聞こえてくる。過去の先輩達がなかなか勝てない世界最高峰のレースの一つだ。

ここでも歴史を塗り替える挑戦者であることを見せてほしい。

私は彼女を応援し続けるから。
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    05/20/2007
樫の女王。これはオークスを制したものの別名。
桜花賞を制したものには桜の女王となる。

では、なぜ樫なのか?

その昔、ある馬主が友人に牝馬のレースを作ろうと提案したものがイギリスでオークスと呼ばれるレースとなったといわれている。オークスを作ろうと話し者の別荘が「樫の樹の屋敷」と言われており、樫は英語のoakとなることからオークスと呼ばれる。
また、その馬主が、『樫の乙女』ことお嬢さんをゲットした記念に、3歳牝馬限定のレースを開催したことがイングランドのオークスの起源になったという説も。ちなみにある馬主とはダービー卿のことである。

つけ加えて、ダービー・オークスを設立したのはEdward Smith Stanleyで、12代目のダービー卿である。

東京競馬場にある樫の樹が由来ではない。


桜花賞は、スピード感があり桜の下のレースで華やかさがありクラシック、そして春一番のG1にピッタリである。しかし、このオークスは前走から800mも距離が伸び、長い坂を2度も越えなければなれず、長い長い直線もありすべてをクリアしなければゴールに辿り着けない過酷なレースとなっている。
ただでさえ、2400mのレースは中距離馬とステイヤーの間みたいな中途半端な位置にあり、3歳牝馬で成長途中の彼女らには過酷なレースになっている。
毎年このレースでは直線でバテてしまうものの少なくなく、ギリギリのレースになっている。近年の高速決着にも対応していないのはそのためと思われる。

今年のオークスには、2歳女王や桜の女王はいない。いるのは牡馬を切り裂いた3歳マイル王だけ。言わば混戦。美しき大地の女神が頭抜け出しているようにみえるが競馬には絶対は無い。

桜花賞で敗走した彼女らにもチャンスはある。

かつて、桜花賞で「裸足のシンデレラ」と呼ばれた者もオークスでは不利な枠をものともせず勝っただから。
自分を曲げないこと    05/01/2007
彼の兄は偉大な競走馬だった。

兄は3歳牡馬クラシックの最終戦で勝利こそ掴めなかったもののクラシック2冠馬よりも先着し同年の祭典でも3歳ながら2着と健闘した。そして同世代4強の1角を担う存在となった。

いつG1馬の称号を得てもおかしくない馬だった。今でもそう感じる。

決して切れ味のある脚がある馬ではなかった。他を寄せ付けないスピードがあるわけでもなかった。勝つことはあっても地味なレースだった。決して華などなかった。

だが私は想う。他の馬がどう動こうと兄の競馬が変わることはなかった。それは強いということだと。自分自身を曲げず、干渉されず、信ずる道を行く。こんな簡単なことがどれほど難しいことか。

彼の兄は結局、時代の頂点のレースで輝くことはなかった。
人は云う「時代が悪かった」と。

秋の牡馬G1を3冠した馬がいた。日本に衝撃を与えた馬がいた。天候が向かなかったことあった。

だが、自分自身のスタイルを変えない巧みで地味なレース運びをしていた。彼の兄の残した堂々と戦った軌跡は私たちファンの胸に刻まれた。中途半端なG1馬よりも兄は輝いていたといっても過言ではない。

そして、今年。彼はG1の舞台へ進んだ。兄と同じように。

兄の悲願を叶えるため。自身を輝かせるために。

G1という舞台で勝つには並大抵の力では通用しない。今年の相手も切れ味抜群の脚を持つ馬が歩を進めていた。彼は他馬のような持ち味は決して無かった。だが彼には特有のリズムがあった。固有のスタイルを持っていた兄のように。

レースは2コーナーで彼が先頭に立った。無理にハナに立ったわけではない。彼のリズムがそうさせたのだ。そして、直線で後ろから切れ味自慢の馬達が猛追してきた。だが彼はリズムは最後まで変わることがなく差される事はなかった。

兄によく似た自分を曲げない走りだった。

「おめでとう」

彼に対してそう言った。彼の兄にもその言葉をかけてあげたかったけど、それはでもうきない。だから君を応援すると決めた。彼が兄のように自分を曲げない限り。
ベストレース    04/10/2007
ふと、JRAのHPをみてみる。そこで少し懐かしいものに出会った。Feel Liveベストテンと称されたベストレースを投票するものだった。

皇帝の名を刻んだ4冠目のレース、芦毛の怪物、悲劇の名牝を受け継ぐ帝王、三強の叩き合い、影をも踏ませぬ走り、光速の末脚、シャドーロールの怪物、脅威の8戦8勝、衝撃の最終章。

だが、このほとんどがリアルで見ていない。やはり競馬は生でなければあの高揚感は味わえない。

私がリアルタイムで見たベストレースはスプリンターズステークス・マイルチャンピオンシップしかない。

混戦の中、脅威の切れ味ですべてを切り裂いた名刀。その名は・・・



好きな馬    04/10/2007
今週、私の好きな馬がまた走る。

彼は、私に競馬というものに出会って初めて「逃げ」という戦法を教えてくれた。たった一人の孤独な旅。ハナを決して譲らず勝負どころではただひたすら粘る。旅の途中で誰とも会わない孤独な旅だ。

すべては歓声を浴びるため。すべては最初にゴールに辿り着くため。

ただ、誰よりも速く走るため。

彼は本当に気持ちよさそうに走る。私はそんな彼が好きだった。

その時、彼は4歳。前年の宝塚記念で3歳史上最高位となる成績をあげていたせいもあって人気もあった。

同年の安田記念でも3着。
その時の鞍上はベテランでも、若手でもない中堅の騎手。ただその中堅騎手はアメリカに武者修行にした努力家だった。

そして、このコンビはフランスのマイル路線の最高峰レースムーラン・ド・ロンシャン賞で2着という好成績を残した。

だが、同年の天皇賞・秋で事件は起きた。中堅騎手と因縁のある騎手がハナを奪い合った。そして、中堅の騎手たちは前半1000mで56秒9という無謀なハイペースを繰り出してしまった。いつも気持ちよさそうに走る彼の気持ちなど考えずに。そのせいもあって、同レースを大敗する。最後は苦しそうに走る彼の姿は脳裏に焼きついている。

そして、中堅騎手は鞍上を下ろされた。当然のことだった。競馬では若さゆえの過ちなどいう言い訳は通じない。

その後、彼の鞍上は様々な名ジョッキーが跨った。しかし、前年の好走が嘘のように負け続けた。

だんだん私は彼の走りが苦しそうに見えて仕方なかった。

そして、時は経ち彼は7歳になった。引退という言葉が頭をよぎる。その年の夏。彼の走りが変わってしまった。気持ち良さそうに走るのではなく、馬込みの中でジッと耐えて、勝負どころで一気に伸びる走りに。

それもありなのかもしれない。長くいい脚を使える彼だ。一つの選択肢でもあったのかもしれない。

彼は変わったんだ。。。人間も歳をとれば変わるように、馬も変わるのだな。仕方ないことだ。世界で生きていくには最良の方法を見出さなければならない。それがリアルだ。一つのことをやり続けることは容易ではない。彼は勝つために変わることを選んだ。そういうことさ。

ただ引退する前にもう一度でいいから、あの気持ち良さそうに走る彼が見たいな。それが私の気持ちだった。

そして、8歳での初戦。舞台は得意の中山。
実は人知れず心躍る私がいた。

理由は簡単だ。

あのコンビが帰って来る!!

鞍上にはベテランと言われるの域に成長したあの騎手がいた。もしかしたら気持ち良さそうに走る彼が見れるかもしれない。いや、昨年からの差しの競馬をするのか。期待と不安が入り混じりなんともいえない複雑な気持ちでもあった。

馬場に入るとベテランの域に達した騎手は彼の鬣を懐かしげに撫でていた。

「久しぶり、元気だったか?」
そう問うように。

ファンファーレのあと、ゲートが開いた。

ポンッと、栗毛の馬が姿を現した。すべての観客が見とれてしまうほど美しいスタートだった。そして、一馬身、二馬身と後続を突き放していく。それは、年明けのレースで圧勝した黒鹿毛の逃げ馬ではなく栗毛の彼だった。

よしっ!!思わず拳を握り締める。あのレースが見れるかもしれない。私の心には期待しか残ってなかった。

そこには、本当に気持ち良さそうに走る彼がいた。そして、鞍上も然り。

ベテランの域に達した騎手はいままでどんな気持ちで彼の走りを見ていたのだろう。同じレースにでて顔を合わせることもあっただろうに。彼の横を駆け抜けた日もあっただろうに。

彼が変わってしまったときどんな気持ちだったのだろう。中堅時代とは変わってしまった別の顔を持つ彼に嫉妬したのか。もう関係ない馬と割り切っていたのか。

私はこの日のレースを見て思った。彼と中堅騎手との時間は4年前の天皇賞・秋で止まったままだと。また時間が動き出したのだと。

しかし、あの日のことを償うことなど出来ない。共に過ごせなかった時間を取り戻すことなど出来ない。

だが、お互い前を向くことはできる。大切なことは歩むことをやめないこと。昨日より強くなること。

彼も中堅騎手もどん底のなか歩むことだけはやめなかった。どんなに苦しくても。どんなつらくても。

そんな積み重ねの中で、彼らは再び出会うことが出来た。

そして、彼らはあの時と同じスタイルを貫いた。彼らには「逃げ」以外の方法など知らない。だからこそ、できる走りがある。迷いなき走りが。

中山の急坂を登って後続が押しかけるのを無視するかのように突き放し、彼らは一人旅を続けた。そして、二人は四年ぶりの同時ゴールを果たした。

彼らは出会い・別れ・そしてまた出会った。ベテランの域に達した騎手はもう過ちなど起こさないだろう。誰もが別れのなかで大切さに気づき後悔する。別れたものと再び出会えることなどほとんどない。きっと、この出会いを大切にしてくれるはず。そうでなければ、人前では決して涙など見せない。そう願いたい。


レース後、ベテランの域に達した騎手は、
「今日はチャンスをもらえて嬉しかった。この馬のことがずっと好きでした。乗ったときはいつも一生懸命に乗ってきて、今日は先生に恩返しができました」

そうコメントを残した。涙しながら。

一期一会。出会えたことに感謝。
そして、頑張っている人は必ず誰かが見ていてくれる。

決して歩むことをやめないこと。そんなことを教えられた競馬だった。

そして、また彼のことが好きになった。きっと同じスタイルを貫いてくれる。彼が引退するまで見守っていきたい。そして、鞍上にはずっとあの騎手がいるはずだから。


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長文でしたが読んでくれてありがとうございます。

久々に長々と書いてみました。書きたい書きたいと思っていたのですが、mixiだと気が引けて。。。時間もなかったし。またヒマがあれば書くので読んでみてください。

ではでは、

最後に一言、「今日も好きなコンビが走っています。頑張れ。」
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